めいそうえっせい

色々と心のままに

株について

幾つかの株を保有している

 

基本的には長期的な保有ではあるが、中にはキャピタルゲイン目的で買ったものもある

 

最近での大失敗(まだ確定してはいないが)はTwitter社である

 

マスク氏が買収すると聞いてすぐ買ったがその後撃沈している

 

面白い?のは、直感的に動いた場合が大体後でよかったと思えることが多いのに、Twitterはそうではなかったのだ

 

こんなことがいくつかあって、少し株について考えてみようと思ったのだ

 

個々の株価は別として、平均株価なるものは、面白いことに長期では必ず値上がりしているのがミソである

 

それゆえにインデックス投資なるものが長期では有力視され人気が高いのも頷ける

 

もちろんバフェット氏のように、多くの情報と的確な判断力を持っている稀有な投資家においては当てはまらないだろうが、ほとんどのアマプロ問わず、インデックスには勝てないと言われているのだから面白い

 

過去のリーマンショックや今回のコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻のようなとんでもない出来事の折に、株価は大きく影響を受け、一旦は2、30%も値下がりしたりする

 

投資家は少しでも資産を守ろうとパニック売りに走る

 

早めに売り抜けた投資家は安堵の胸を撫で下ろし、遅れた投資家は見るも無惨となる

 

ところがである

 

その後株価は必ず回復する

 

歴史がそれを証明しているのだ

 

もちろん差し迫った資金を投入している場合には慌てるだろう(プロトレーダーなども)が、そうではない人々、つまり、ある程度の余裕資金で投資をしている特にアマチュアの投資家にとってはそれほど慌てる場面でもないのだ

 

株価が上下するのは、呼吸するのと同じようなもので、生きているからだ

 

ずっと下がり続けることはない

 

もちろんずっと上がり続けることもないのだが、ここにもう一つのミソがある

 

人口の増加は経済活動の増加とパラレルであるから、世界人口が増え続ける限り、世界経済は拡大していく

 

アップルやコカコーラ、マクドナルドが強いのは代替性がほぼない=参入障壁が高いことに尽きる

 

つまり世界中に欲しい人が増えればそれだけ業績も拡大することを意味する

 

それは誰もが理解できることだろう

 

実はもう一つミソがあるのではないかと思うのだ

 

それは気である

 

景気の気と言ってもいいかもしれない

 

景気が良ければ株価は上がるし、景気が悪ければ株価は下がる

 

ところが景気も循環していてこれも呼吸みたいなものである

 

株価のような指数がないので景気が長期的に見てどうなのかは難しいところではあるが少なくとも餓死者を多数出すほどの景気後退はまず見られない

 

景気が後退するというのは単純に言えばお金を使わないことだ

 

お金を使わなければ人も物も動かなくなる

 

つまり全ての経済活動が停滞することだ

 

怖くなって貯め込もうとすれば景気が後退する

 

先ほど述べた資産を失うことが怖くなってパニック売りが怒ると大きく株価を下げるのと同じ理屈となる

 

怖いとは心理であり感情であり気である

 

人は怖くなると動きを止めるのだ

 

ところが餓死者が出ないのと同じで株価が下げ続けてゼロになることはない

 

経済活動は生きているからだ

 

ずっと動き続けている

 

呼吸している

 

人はそれに気づいてまた動き出す

 

コロナ禍やロシアで株価が落ちる

 

多くの人が怖くなって動きを止める

 

ところが怖さの正体が見えてくるとまた動き出す

 

怖さの正体が幻だと見えてくること、これを株の世界では織り込むと呼ぶ

 

もちろん逆の見通しが明るい場合にも使う

 

どこかで織り込まれる

 

これは集団心理=気である

 

みんながもう下がらないと思えば下がらないし、上がらないと思えば上がらない

下がると思えば下がるし、上がると思えば上がる

 

ここ最近の動きを見ていると、世界はコロナもロシアも織り込んだように見える

 

もちろん短期リスクはいつもある

 

で、結論なのだが、衝動的に株を買ってはいけないのだ

 

株は、インデックスが最も良いが、個別株なら長期的に保有し、代替性の少ない銘柄が良いというごく当たり前のことなのだ

 

個別株❌短期売買は少なくとも僕には向いてない

 

Twitter社はそれを教えてくれた

 

さていつ売ろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車の記憶

 

 高校3年間は自転車で通学していた。

 どのくらいの距離だったか、片道20分くらいだから5、6キロといったところか。

 当時はサッカー部で脚力には自信があり、相当スピードは出ていたと思うので、もっと距離はあったかもしれない。

 その自転車は、いわゆるドロップハンドルの、何段だったか忘れた(多分10段だったと思う)が変速機付きで、今風の軽いモデルではなく、両手でヨイショと持ち上げなきゃならないくらいの、ど鉄の重い代物だった。

 その自転車は母が、知り合いから50円で譲り受けたものだった。

 僕は、高校入学祝いに自転車を買ってもらう約束を母と交わしていたが、手元に来たのがその自転車だった。

 2年後、弟の高校入学祝いも自転車だった。それは、新品で、その頃流行りの光が流れる方向指示器のついた人気のモデルだった。

 僕はそれに対して直接母に文句を言ったかどうか今となっては記憶が定かではない。ただ、あれから半世紀近くが経っても覚えているということは、よほど頭に来たのだろうと思う。

 あれは僕にとっての反面教師だ。

 あの出来事は、子供と簡単に口約束してはいけないし、もしもしてしまったなら、絶対に守らねばならない、そして、兄弟で差をつけてはいけないことを学ばせてくれた。

 僕はそれをずっと守っている。

 今も、三人の娘には平等に同じ額の小遣いをあげる。しかも同時に。別々にあげたりはしない。

 彼女らが幼い頃、サンタクロースのプレゼントをどうするか頭を悩ませた挙句、パソコンで印刷したサンタさん宛のポスターに、欲しいプレゼントを各自3つまで記入できるようにして、サンタさんが見えるようにと窓に貼った。

 その中から選んで渡せば公平性が保たれると思ったからだ。

 ただ彼女たちがそれをどう思っていたかは分からない。少なくとも、誰かを贔屓しているとか、自分は邪険にされているとか思ってなければそれで十分だ。

 

 実を言えば、その自転車自体、僕は気に入っていた。

 ドロップハンドルはあの頃まだ少なかった。

 その自転車で、ある日、死にかけた。

 長い下り道、横は国道で車がバンバン走っている。いつもの通学路だが、左ブレーキをかけたら、ワイヤーの断裂音がして、後方ブレーキが効かなくなった。実は、前方ブレーキはその前に壊れていた。

 止まれない。

 猛スピードで下りカーブを曲がって、その先のガードレールに意識的に突っ込んだ。それしか止められる手段はないと思ったからだった。

 もちろん僕は吹っ飛んだが、若かったのだろう、奇跡的にかすり傷程度で済み、自転車も大きな損傷はなかった。

 あれは、朝のことだったが、その後、効かないブレーキの自転車で、どうやって学校にたどり着き、また、帰って来たのか記憶がない。

 

 そんなある日、とんでもない奴が現れた。確か高校2年の最後の方だ。

 そいつを僕たち自転車通学仲間は「アカ」と呼んだ。

 相当マニアックな奴で、ペダルに足を引っ掛ける赤い輪っかがついていて、赤い皮の手袋をしていた。それに、見るからに片手でヒョイと持てそうな、いかにも軽そうな車体だった。多分変速機も15段とか21段とかだったに違いない。

 何しろ速い。

 川沿いの堤防の上を走るのだが、いつも後から来て抜いて行った。「アカ」は同級生だったが、他のクラスで、体育会系クラブでは見かけない、よく知らない奴だった。

 なぜ、「アカ」が急に現れたのか今もって定かではない。

 もしかすると、誕生日とか、何かのお祝いに、金持ちの親にねだって買ってもらったのかもしれないし、親戚の誰かが競輪選手でそのお古が回ってきたのかもしれない。

 ただ、僕の方が圧倒的に脚力では勝るはずなのに一度として勝てなかった。奴が抜いた瞬間にいつも思いっきり全力で追いかけるが、追い抜くどころか、追いつくことさえ叶わないのだ。

 走りが軽い。風のように飛ぶように疾っていく。

 当時、僕は人生最大の失恋をした後で、猛勉強を開始していた頃だったが、そんな僕をある女の子が好意をもってくれていた。

 僕は彼女と付き合いはしなかったが、デートには2度行った。

 一度は海で、もう一度はアリスのコンサートだった。ただそれだけだった。僕は勉強ばかりしていたし、3年でクラスが別になってその後は会うこともなかった。

 冬のある日、彼女が「アカ」に勝ってねと、手編みの手袋をくれた。それでもやっぱり「アカ」には勝てなかった。今思えば、車体の重量と変速機のもたらす違いは大きく、ママチャリとロードレーサーみたいなもので、脚力だけで勝てるはずもなかったのだろう。

 

それにしても、彼女に貰ったその手袋はどういうわけか、ずっといい匂いがしていた。多分一年以上も。

 あの匂いはなんだったのだろう。

匂いは今でも明瞭に思い出せるのに、あの自転車と手袋がどのようにして自分の元を去ったのかは不思議なことに全く思い出せない。

 

 

 

 

軽い気持ち

朝起きる

 

早い時は5時半くらい、何かで遅いと7時を回る

 

その後、自分の部屋(と言っても2畳ほどの小部屋だが)で瞑想する

 

そこには、小さな組み立て式デスクとiMacがあって、瞑想が終わると、メールをしたり、ネットニュースを見たりしてしばらくの時間を過ごす

 

その後、出かけるか、出かけないか

 

出かけなければ、そのまま創作に入る

 

小説やエッセイを書くのだ

 

その際に、最近はクラシックを流すようになった

 

ずっとずっと、そうだな、もう何十年も前に、ソニーから発売されたクラシック全集のCD100枚が眠ったままあって、聞く機会がなかった

 

というより聞こうという気がなかった

 

聞きたくて買ったわけでもなく、元々クラシック音楽に興味もなかったくせに、なんとなく格好つけて買ってしまったものだから

 

食わず嫌いというのか、クラシック音楽は敷居が高いように思い、聞くにはそれ相当の耳とか、何か知識とかそんなようなものがいるような気がしていた

 

作曲家の名前は多少耳にしているが、まず持ってクラシックなる音楽のジャンルさえ分からない

 

ピアノソナタだとか、交響曲だとか、なんとかの何番とか、誰それが指揮しているとか、なんとか楽団だとか言われてもチンプンカンプンである

 

とっつきにくいこと甚だしい

 

Amazonプライムで無料の音楽が聴けることを知って適当に流していたのだが、そう言えばとクラシックCDの存在を思い出した

 

そうか、聞こうとせずとも、適当に流しておけばいいのじゃなかろうか

 

そんな軽い気持ちでiMacに取り込み聞き流すようになってもう数ヶ月になる

 

わかったことが少しだけある

 

ピアノより弦楽器の方が良い(自分にとって)

 

交響曲は少し苦手

 

モーツァルトの音楽にはほとんどの曲で「色」がないというか、音のつながりに脈絡を感じない、つまり自然のままに流れているという感じがする

 

ベートーヴェンは意外に好き(イメージが変わった)

 

バッハは苦手(バッハが流れていると何かをしていても気になってきて、あ、バッハと気付いて変える)

 

ロシア系の音楽は「色」が強い、つまり何かを意図して作られているように感じる

特に悲哀とか悲壮系の色を感じる

 

シューマンショパンはまだよく分からない

 

でも聞き慣れるにつれ少しずつクラシック音楽に対する敷居の高さみたいな苦手意識は無くなっていった

 

それで思った

 

なんでも軽い気持ちが大切だと

 

重く考えなくていいんだと

 

まずやってみて嫌だったりダメだったらやめればいいし、また気が向いたら始めたらいい

 

難しく考えることなんかないだなと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞑想について

久しぶりに瞑想について書こう

 

ずっと小説を書いていてこのブログを更新していなかったし

 

瞑想体験の良し悪しはその時の心身の状態で大きく左右される

 

もちろん良い方がいいのだが、不思議なこともある

 

瞑想体験において良いというのは、僕の個人的な意見ではあるが、いわゆる意識の「向こう側」へ行った時だ

 

多分、禅でいうところの「無」とか「三昧」だと思う

 

そこに意識が到達すると、全ての心身の何かが抜け落ちたように感じる

 

言葉では説明し難い

 

気分的には生まれ変わったようなものか

 

リフレッシュされ、爽快であり、活力や創造力が漲る

 

一方、良くない体験もある

 

ズーンと重く、雑念ばかりで、どうにもならない

 

面白いのは、瞑想の後だ

 

良くない体験でも、その後、不思議と元気が出たりする

 

瞑想で歪みとかストレスを解消できたからかもしれない

 

ところが良い体験の後に、時間を追ってだるく、重く、眠くなったりすることもある

 

これも多分、深い歪みやストレスが解消された反動のように思える

 

どっちも自分にとって必要なのだろうとは思う

 

先週あたりには、どこでうつったか、風邪のような症状が続いたのだが、その間の瞑想は、眠ってばかりだった

 

眠っても眠っても眠い

 

何かの調整がなされていたように今となっては思える

 

瞑想を続けて30年あまり

 

続けてきてよかったと心から思える

 

心身の不調を癒すだけではない

 

自分の小さな心が抱く幻想を意識下から遠ざけてしまう

 

人は根拠のない不安を抱える

 

その不安によって新たな問題だったりストレスを引き起こす

 

不安は必要ない

 

頭ではわかっていてもどうすることもできない

 

瞑想はその不安に感じる心を、雲が去って太陽が顔を覗かせるがごとく、明るく輝かせる

 

雲のことなど一切考えることもない

 

ただ明るく光り輝くのだ

 

もちろん明るく光り輝くことも意識してはいない

 

「無」だ

 

ただ充足している

 

足りないものなどない

 

欠けているものなどない

 

「無」とは、そういう状態だ

 

やはり瞑想は素晴らしい

 

僕達は生まれてずっと意識を外に向けてきた

 

それが当たり前だと思い込んでいる

 

意識を内側に向けてみると全く違う世界が見える

 

僕達は、外の世界を経験して内側に気づくようにできている

 

外側は、何もかも移ろいゆく変化する世界だ

 

そこは全てが変化で変化しないものは何もない

 

ところがその変化する外側に僕達は心の満足を見出そうとする

 

その満足はどんなものであれ、金であれ名誉であれ地位であれ物欲や性欲であれ

一過性に過ぎず儚いものだ

 

それに気づいたとき初めて内側に意識が向く

 

内側に「無」という絶対があると知る

 

「無」という絶対を知ると、外側の移ろいゆく儚い世界が、より楽しめるようになる

 

映画を楽しむと同じことだ

 

全てを変化でありプロセスと捉えるから事象に拘泥する必要はなくなる

 

全てを受け入れられるようになる

 

そう

 

全てを受け入れ自由になるというのはそういう意味だ

 

頭で受け入れよう、そうすれば自由になれるはずと思ってもそうはなれない

 

もっともっと自然なことだ

 

「知」なのだ

 

「無」という絶対を「知る」からこそ、外側の儚さを受け入れ、自由になれる

 

瞑想というのは、意識を内側に向ける行為(技術)であり、「無」を知ることであり

人生の外側にある変化を受け入れて自由になることだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの店

心の底から旨いと思った店が二つある

二つとも確か新橋周辺だったと思う

一つは、京料理の店で、もう一つはノンジャンルの店

共通しているのはメニューがないこと

一人当たりの単価が大体決まっていることだった

京料理は飲み物別で一人三万円ほど、ノンジャンルの方は、なんと一人七万円である

 

京都に都合三回も住んで、祇園含めあちこちの有名料亭に足を運んだ経験はある僕だが、そのどこよりも味に奥行きを感じた

数回行ったが毎回その味に驚かされたものだ

もちろん店の雰囲気も申し分なく、なかなか予約さえ取れない名店である

ミシュランに掲載されていないのが不思議で、店長に伺うと、断っているとおっしゃった

京都人らしくお馴染みさんを大切にしたいと言う

 

ノンジャンルの店は、カウンター七席ほどの小さな店だ

しかも両隣には客を入れないから、実質はせいぜいが四、五人というところか

シェフは一人で、全てを賄う

メニューはないので、その日に仕入れた材料で料理を作る

もちろん材料は最高級のものしか入れない

ワインや日本酒など酒類は持ち込み自由である

 

何を食べても旨いが、突き詰めて考えてみると、京料理の店で心底旨いと思わされたのは、出汁だ

そして、同じくノンジャンルの店は、いつも最初に供されるテリーヌだと気づいた

 

多分だが、両方ともシンプルでありながらとんでもなく手が掛かっている

その味の複雑さは、大袈裟でなく宇宙を思わせるほどである

 

小さな分子一つの中にも宇宙が存在すると言われている

どんどん細かくしていくと、物は物として観察されなくなり、波動となることが知られている

その波動を構成するのが、たった一つのひも状のもので、その組み合わせで宇宙の全てが表現されているとするのが超ひも理論

アインシュタイン一般相対性理論の矛盾を解消し、量子力学と折り合いをつけたとされる

 

我々も宇宙の一部であり、たった一つのひも状のもので構成されているとするなら、それを組み合わせる力をも持っている可能性がありはしないか

もちろん料理だってそうで、味覚もそうだろう

優れている料理人やシェフというものは、無限の中からとんでもなく複雑な味を作り出す宇宙的な感覚を持っているに違いない

 

それに気づいた僕は、よく気づいたものだ、それにその味の凄さが分かる僕の味覚も大したものではないかと自画自賛した

 

そして自分が少し恥ずかしくなった

 

そんな素晴らしい店に、一度たりと自分のお金で行ったことはなかったから

 

そしてさらに恥ずかしくなった

 

味が可能なら、お金さえも超ひもの組み合わせで生み出せやしないだろうかと思ったからだ

 

そして最後に、そんなこと出来るならなんでも可能なわけで、それを神と言うのだろうと気づいて僕は考えるのをやめた

 

 

 

 

死ぬ前に食べたいもの

たまに何かで耳にするが、死ぬ前に食べられるとしたら何が一番食べたいかみたいな話がある

 

こんなこと現実にあるだろうか

 

誰が一体言い出したんだろう

 

一種の究極の選択のようでもある

 

つまりもう何もこの世で食べられないと分かっていて最後に求めるものは何ってことだから

 

病気で死期が迫っている人だとするとほぼ最後の食事はもちろん食欲どころか何も食べたくないと想像できる

 

かといって、死ぬと知らなければ最後の意味はないわけで

 

死ぬ直前の人がいきなりカツ丼食べたって話は聞いたことがない

 

となるとこの質問の意味は我々は日頃色々食しているが、本当に心から食べたいものは何かという命題になるのではないか

 

無人島に持っていけるのが一つとしたら何を持っていくかみたいな

 

もしその本当に心から食べたいものがあったとして、そのようなものならば毎日でも食べられるものなのか、それともまず絶対食べられないとんでもない贅沢なものなのか、はたまた、母親とか愛妻とか作ってくれる人に依存するものなのか

 

答える人の思考(嗜好)によってずいぶん変わるような気もする

 

例えば、最後だから母親の握ってくれたおにぎりと答える人もいるだろうし、妻の肉じゃがと答える人もいるかもしれない

 

これらは、食べ物へのこだわりよりも最後ゆえの愛するひとへの慕情と言っていいだろう

 

では、本当に食べたいものとして純粋に思考する人は、そのような慕情のない、もしくは乏しい人なのだろうか

 

記憶に残る食べ物というものは思い出と密接に関係しているような気もする

 

あの時、あの場所で誰々と何々を食べたとか

 

初めて行ったフランスのあの店で食べた◯◯がもう一度食べたいと思うかもしれないがそれは、その時の様々な記憶と密接に結びついているからであって、もう一度その店に行って同じものを食べて、あれ、こんな味だったっけ、シェフが変わったのかなとかって話はきっと多いだろう

 

いずれにしても、味覚は五感の一つであって、主体的かつ相対的なものであって絶対的なものではないから様々な要因で変化するのは間違いなさそうだ

 

芸能人格付けチェックなるものを見ればやはり一目瞭然だろう

 

極端に言えば死ぬ前に、これはあなたの愛する奥さんが作った肉じゃがだよと言われて供されれば、それがもしどこかの店のものだとしても、それは奥さんの肉じゃがになってしまうのではないだろうか

 

そしてそれでいいのだろう

 

さてそういうお前はどうなんだと問われれば実は答えに窮してしまう

 

何も思い浮かばないのだ

 

食への執着が乏しいせいかもしれない

 

その時腹が減っていたら何でも美味いだろうと浅薄にも考えてしまう

 

もう少し考えてみるとするかな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳順の恋

耳順とは論語で言うところの60代を指す

 

言われることは全て素直に聞けることを意味する

 

人格形成の段階を表しているよう

 

僕も含めてそんな人たちの恋を考えてみた

 

なぜなら同い年の友人がなんと「モテたい」と言い出したからだ

 

それも若い人に

 

推察するにこれはいわゆる恋愛対象としてではないと思われる

 

若い人から慕われたいくらいの意味と捉えていいのだろう

 

まあそれはともかく

 

最近は歳の差が大きくても違和感がない時代にもなっていて、例えば40歳の女性と60歳の男性が結婚するなんてのを聞いてもあんまり驚かない

 

勝手な解釈だけど、30歳くらいから精神年齢は少しずつしか変わらず、さらに肉体年齢も40と60ではそれほど大きく変わらなくなっているので、なんというか、恋愛期間のスパンが長くなっているのではなかろうか

 

かと言って僕のような妻帯者の場合、好き勝手に恋愛をしようじゃないかなんぞと思えるわけもないし、毛頭思ってもいない

 

なんだろう

 

ああ、綺麗だなとか可愛いなとかふと思ったりもするが、いわゆる異性としての対象として見ることは今はまずない

 

いやもうずっとない

 

僕は年老いて男としてダメ人間になったのだろうか

 

実はこう考えている

 

瞑想の影響なのだと

 

求めるものが変わってきている

 

なので友人からジジイになるのは早いなんぞと罵られるが一向に気にならない

 

では僕はもう恋をしないのか

 

ある本に感銘を受けた言葉がある

 

人生の秘密は、欲しいものを手に入れることではなく、持っているものを欲しいと思うことだ

 

これは知足をさらに一歩進めた解釈だと僕は思う

 

知足は文字通り足りていることを知っている状態である

 

今持っているもので十分だと

 

それ以上求めるものなどないと

 

それは心の満足である

 

求めればキリがない

 

求める心には満足がないから

 

知足をさらに一歩進めると、持っているものが十分だと言うだけでなく、それを欲しいと思う

 

矛盾語法に聞こえるかもしれないがこれが恋ではないか

 

持っているものを愛しいと思い恋焦がれる

 

今自分の元にあることに感謝の気持ちが込み上げる

 

それが女性で言えば、カミさんだったり娘だったり母親だったりする

 

もちろん恋愛という意味合いであれば奥さんになるだろう

 

耳順になってそばにいてくれる奥さんに感謝し恋をする

 

これは愛という普遍的なものへと昇華していくのかもしれない

 

そんな恋も素晴らしいと思える