めいそうえっせい

色々と心のままに

寂しくない定年 ある同僚の場合

つい先日、ある同僚だった男が電話をくれた

 

彼は一流私大を卒業した男で、なんというか、いわゆる才気煥発というか、要領が良いというか、まあそんな感じの人間である

 

もう少しはっきり言うなら、利にさといのである

 

自分の都合の話では電話をかけてくるが、こちらからの電話には出ようとしないとか、利用できるものは利用するがそれ以外のものには見向きもしないとか

 

そんな彼だから周りからの評判は芳しくなかった

 

それでも委細気にせず、彼は自分の道を突っ走ったのである

 

何をしたかというと、これという役員に目をつけ、その人に擦り寄り、ポストを得るという漫画か映画にでもなりそうなことをやってのけたのである

 

凡才ではとてもできないのであっぱれではある

 

さらに60歳になった際には、その役員のコネによって、ある外郭団体に転職し65歳まで同じ身分で働くという厚遇を得たのだ

 

僕と彼とは古い知り合いで、その詳細は差し控えるが、知人以上友人未満といったところかな

 

そんな彼から何年かぶりに電話があったものだからなんだろうと思った

 

彼はこう言った

 

八月末で退職することになり、後任がAさんであると

 

Aさんは2歳ほど下で、僕もよく知っている人であり、彼が言うには、Aさんが僕にお世話になったというので、一度三人でメシでもどうかということだった

 

僕には断る理由もないのでもちろんいいよと言って電話を切った

 

切ってから今の電話は一体なんだったんだろうと思った

 

実はAさんを僕がお世話したという事実がないのである

 

電話の際にそんなことを言うと、どこだかで鱧しゃぶをご馳走になったと言う

 

もちろんそんなことがあるはずもなく、僕はAさんと一度たりと飯を食ったこともないのだ

 

もしこれが嘘だとしたら誰がどういう理由で嘘をつかねばならないか

 

どう考えても電話をかけてきた同僚に違いないのである

 

ではなぜなんのためにそんなわかりやすい嘘をついたか

 

ここからは僕の推論になるが、彼はいよいよ退職の日が近づくにつれ、寂しくなってきたのではあるまいか

 

彼のような性格の場合、どう見ても友人は多くないだろうし、退職を残念がってくれる同僚もやはり少ないに違いなく、いざ仕事の場を去るとなると途端に孤独感が襲ってきてしまったというところか

 

しかしながらプライドの高い彼のことゆえ、そんなことを正直に吐露するわけにもゆかず、Aさんをダシに僕を誘ったというところがあの電話の真相ではなかろうか

 

つれない言い方になるが、身から出た錆であると僕は思う

 

彼はそんな定年を迎えることになってしまったことを淡々と受け入れる他はない

 

人間どこかで帳尻が合うものなのだ

 

だがメンタルタフネスでもある彼のことだからすぐ立ち直るだろう

 

Aさんとの会食についてはまた連絡すると言っていたが、十中八九、連絡が来ることはないと僕は思っている