めいそうえっせい

色々と心のままに

懐かしい方々と触れ合い人生を考えてしまった

今週、月、火と二日続けて懐かしい人と再会した

 

月曜日は20年以上前にいた地方都市で知り合った人たち3人だ

 

不思議なことに今は皆東京(一人は横浜)にいる

 

一人は同い年で定年し現在再就職活動中

 

二人は現役で50前後

 

つい楽しくて飲み過ぎた

 

火曜日は15年くらい前から仕事上で知り合ったクリニックの院長だ

 

彼からは自分が会社を定年する際に連絡をもらい送別会をしてくれると

言っていたのだがそれがコロナもあって延び延びになりようやく実現

したというわけだ

 

年は8つ上になる

とんでもない金持ちだ

 

でもとても人間味があって付き合いやすい人だ

 

学芸大駅で待ち合わせ近くの割烹料理店に連れて行ってもらった

 

そこは有名な店でミシュランの星も取っているとのこと

 

ユニークな親父が一人でやっている狭い店だがもちろん腕は確かで何を食べても旨い

 

彼が盛んに言う

 

辞めるのはまだ早すぎる、惜しいと

 

ありがたい話ではあるが何も自分から辞めたくて辞めたわけでもないので

返答に困る

 

ただ嘘をつくのも嫌なので正直に答えた(答えられる範囲で)

 

多分どうあろうが今年で定年となったと思うが、トップとぶつかったことも

多少は影響しているかもしれないと

 

彼も大学時代に医局長をしていたが教授が変わってぶつかったと

そんなもんかと聞くからそんなもんですと

 

組織人はしょうがなく良い悪いではないと

 

そしてこうも付け加えた

 

辞めて良かったと

 

正直38年勤めてきて十分仕事をしたと思うこと

どうしても後1年か2年かやってくれと言われれば最後の鞭を自分に入れた

かもしれないが自分からもっとやりたい、やらせてくれと言う気持ちは

さらさらなかったのだと

 

そして今はもちろんヒマを持て余してはいるがそれなりに充実した日々で

あること

 

さらに告白した

 

瞑想を約30年続けてきていること

その教師になる夢を持っていることを

 

彼は言った

 

自分の会社勤めの同級生なども辞めてからあれやるこれやると手を出すが

数ヶ月でみな飽きてしまっていると

さらにお金の問題もあるだろう

やはり仕事をすべきだと

 

今思えば素直にその通りですねと言っておけば良かったと反省している

 

僕は少しムキになってしまった(お酒の影響も多分にある)

 

会社を離れてこれ以上ない自由を感じている

いかに今まで縛られてきたかを感じている

先週も一人で札幌に行き、来月も一人で富山に行って遊んでくると

 

これは彼の心に刺さってしまったかもしれない

 

彼の立場は経営者でありその仕事の性格上ほとんど日曜日しか休みが取れない

 

自由に何処かへ行くことなどできないのだ

 

そしてもう70になろうとしている

 

もうすぐ俺は死ぬんだと彼が言う

 

自分は本音が半分、慰める意図が半分あって言った

 

あなたは羨ましいと

 

定年がなく仕事があり頼りにされて自分の場所を持っている

それは素晴らしいことだと

 

彼は満更でもなさそうに頷いていた

 

誰もがどこかの時点で自分の人生これで良かったのだろうかと思うのではないだろうか

 

もちろん答えはないが少なくとも他人と比べても意味がないとは思う

 

コロナ再拡大の影響からか若年層も含めてホームレスが増え始めていると

ニュースで見た

こんな寒空にだ

 

そのようなことを知ると日頃の小さな悩みみたいなものが実はどうでもいいこと

だと気づかされる

 

つい先日も居間で、瞑想する女房の膝の上で眠りこけるオス猫を見ていて

ああ、今見ているこの光景もいずれは消え失せることになるのだなと思った

 

そう言う意味では全てがこれ以上ないくらいに貴重で大切な瞬間であるのだ

 

消え失せるからどうでもいいのではなく消え失せるからこそ今が大切だと

 

では今という貴重な時間をどう生きていくのか

 

瞑想を続けながら自然体で生きること

 

今の自分にはそれしか思いつかない