めいそうえっせい

色々と心のままに

鶴太郎さんの話

上岡鶴太郎さん

 

元々は芸人なんだろう

 

上岡というから上岡龍太郎さんの弟子かな

 

小森のおばちゃまとかのモノマネなんかやってたな

 

いつの間にか絵かなんかで芸術的センスがあると言われ、そうこうしてるうちに

ヨガの達人になってしまった(らしい)

 

伝聞ではあるがヨガに集中するために?奥さんとも別れた由

 

それはそれは常人では想像もつかないような生活をされている

 

夜中に近い時間に起き出し、何時間もルーティンをこなし、その後朝ごはん?を

また何時間もかけて食べるんだとか

 

そりゃ普通の人は一緒に生活できないだろう

 

ただ自分にはほんのチョッピリだが分かる気がする

 

自分の目指すものに集中するためには妥協したくない

 

奥さんであろうとやはり一人の他人である

 

共同生活には全てにおいて妥協が必要となる

 

出家して隠遁生活をする修行者は修行のみに焦点を当てたいがためにそうする

 

宗教上や道徳的な教えで妻帯しないのではない

 

あえて言えば性欲の問題は大きく2つある

 

性欲に囚われてしまう問題とエネルギーの問題だ

 

性欲に囚われると言っても抑え込めばいいってもんでもない

 

抑え込めないからだ

 

行き過ぎた欲望に気づくことがスタートラインになるだろう

 

それまではコントロール出来ない

 

自然なことだから

 

性欲に気づきながらほっとけるようになれれば問題はない

 

十分コントロールできている証左だ

 

性欲からではなく愛から生まれる一体感への希求によってセックスがなされれば

その体験は深い満足感をもたらし瞑想の体験にも似たものになるだろう

 

一方、エネルギーの問題とは性的なエネルギーをより高度なものに変換することが

可能だからだ

 

人間は何かを取り込み、エネルギーに変換して生きている

 

カラダはエネルギー変換器だ

 

変換したエネルギーを何に使うか

 

もちろん多くの人は家事などの日常生活であり、脳機能を使う仕事であり、趣味のスポーツや運動などに使うだろう

 

より高次の意識状態を目指す人にとって、エネルギーをどう使うかは大きなテーマである

 

鶴太郎さんの話に戻るが、彼が長時間をかけて食事をするのにはこの問題が関係している

 

取り入れる食物を完全に消化したいからだ

 

完全に消化されたものから生み出されるエネルギーは非常に純度が高く、彼のように意識レベルを高めたいと思う人にとっては貴重なのだ

 

もし不完全な消化が行われたとすると(自分も含めて大多数の人はこっち)純度の高いエネルギーも少なく、さらに悪いことに消化の残りカスが出来てしまう

 

これが心身の健康を損なう元になる

 

鶴太郎さんはこのようなことを多分良く理解され実体験として持っておられる

 

性欲にまた戻るが低次元の性欲に伴うエネルギー放出は「疲れ」をもたらす

 

これは先にいうところの消化の残りカスと同じ意味だ

 

最も単純にいうと疲れるセックスをしてはいけないのだ

 

真のセックスはエネルギーを失うのではなく獲得するものでなければならない

 

鶴太郎さんの話が飛躍してしまったがもしこれを彼が読んだなら全てとは言わないが

ほぼ同意してくれることだろう