めいそうえっせい

色々と心のままに

瞑想修行の日々

最近少しばかり忙しくなってきた

 

週2回の各3時間ほどの瞑想に関する講習会に加え、趣味か実益か単なる遊びか

分からないが、シナリオコンクール への応募作品の最終化、友人(と言っても

会社の延長戦上だが)との昼飲み会をいくつか(特にあるやつとは文壇評論や

落語などについて語り合いお互いの作品を批評しあっているので真面目なもの)

予定されている。

 

瞑想修行に役立っているのかなあと思わないでもないのだが不思議なことに

瞑想のことばかりに集中する方がどうもよろしくない

 

久しぶりに瞑想を習った初期の頃のポイントを先日聞いたところ二つのこと

が頭に残った

一つは無邪気さがとても大切であること

もう一つは瞑想によって自分の心の源に触れることと活動とのバランスが

大切であることだ

 

どちらも忘れていた、いや真に理解していなかったのかもしれない

山や洞窟に篭って修行三昧という坊さんや聖者の話を耳にしているので

例え世俗にいてもそのような修行生活が大切と勘違いしていたかもしれない

 

彼らがそのようなことが可能なのはそのようなレベルにいるのだろう

そしてそれは自然の流れでそうなっているのだろう

 

自分にとって適切なレベルがありそれを無邪気さを持って進んでいくことが

とても大切だと改めて知った

 

ただ疲れすぎるほどの活動もよくない

バランスを常に意識する

 

サラリーマン生活の時のようなバランスが崩れた生活はいけない

せっかく定年になったのだ

自分のコントロールが可能になっている

 

ヤジロベエか振り子というか

みたいなものでどっちかに振れすぎるキライが自分にはある

もういい歳だ

その辺り上手く自分とつき合って行かねば